私は高校生の時から素粒子物理実験に興味を持ち、東京大学理学部物理学科へ進学しました。その後、4年生での特別実験で櫻井研究室においてシンチレータでのMeVガンマ線計測を、相原・横山研究室においてMPPCを用いた荷電粒子計測を学びました。これらの過程で理想的な環境で物理法則を明らかにする加速器実験から、自然界で起きている高エネルギー物理現象の観測へと興味を移し、宇宙X線観測を行う牧島一夫名誉教授、中澤知洋講師 (当時) の元で研究を始めました。そして後任の馬場彩准教授の研究室で博士 (理学) を取得しました。



雷放電と雷雲がもたらす高エネルギー現象の解明 / 高エネルギー大気物理学
雷が轟音と閃光を放つと同時に、あるいは雷雲そのものが上空を通過する際に、数十MeVに達するガンマ線を放出することが観測されています。これは雷雲や雷放電の強電場によって電子が加速され、制動放射ガンマ線 (あるいは制動X線) を放出していると考えられ、まさに雷・雷雲は「天然の加速器」であると考えられています。数十MeVというエネルギーは地球内部で自然に発生する電磁波としては最もエネルギーが高いものです。私は理化学研究所の榎戸輝揚氏、日本原子力研究開発機構の土屋晴文氏、名古屋大学の中澤知洋氏らと協力して、日本海沿岸の冬季雷からの高エネルギー現象を観測するGROWTH (Gamma-Ray Observation of Winter Thunderclouds) 実験に参加しています。
雷放電そのものから放出されるガンマ線は、ガンマ線天文衛星によって宇宙から検出され、地球ガンマ線フラッシュ (TGF) と呼ばれています。一方で気球実験、ロケット誘雷実験、我々GROWTH実験でも地上で雷に同期したガンマ線を検出しています。2017年の我々の観測により、地上方向に放出されたTGFが大気中で光核反応を起こし、中性子、陽電子を放出していたことが明らかとなりました (Enoto et al. 2017)。本成果は2017年11月にNature誌に掲載され、雷が原子核反応を起こして同位体を形成するという観点で、世界的に注目を集めました。
雷雲は時に、放電を伴わず「静かに」ガンマ線を放出することがあります。このガンマ線は雷雲とともに移動し、数分から数十分継続すると考えられますが、これまでどこでどのような条件の時に発生し、どれくらい継続し、どのタイミングで消え去るのか、といったことが追いきれていません。またガンマ線と雷放電の関係、すなわちガンマ線が雷の発生を促進しているか否かも大きな論点です。そこで2015年より観測場所を金沢へと広げ、広範囲に検出器を設置する「マッピング観測」計画を始動しました。このマッピング観測計画により、雷雲からのガンマ線放射のサイエンスを一網打尽にすることが目標です。
雷・雷雲からの高エネルギー現象を研究する上で、放射線観測だけではその全体像を把握することはできません。雷は地球上で発生する身近な現象であり、光学、音、電波、電場、気象レーダーといった様々な手法で観測することができます。私は国内外の研究者と協力し、多角的な視点から雷・雷雲の高エネルギー事象の解明に取り組んでいきます。
さらに大型計画として、Taranis衛星に参画しています。Taranis衛星はフランスが主導する雷観測専門衛星で、TGFや高高度発光現象 (TLE) を観測し、研究に飛躍をもたらす計画です。私はX線・ガンマ線・相対論的電子検出器の搭載機器試験を行うため、2018年4月から10月、および2020年9月から12月までパリのAPC研究所に滞在し、衛星開発を学びながらフランス側のサポートを行いました。2020年11月17日に行われた打ち上げは残念ながら失敗しましたが、現在はリトライミッションの検討チームに加わり、Taranis衛星を再度実現するために尽力しています。